日々の暮らしの中で感じたことを、共有したいのです。

プロフィール

  デザート・ムーン (男)

Author:  デザート・ムーン (男)
 
「三世代シェルティーS」

 祖母ラン
1992年 1月28日生まれ
2010年5月7日 午後
18歳3か月9日で、 永眠。

 娘:アリス 
1994年 2月3日生まれ
2009年8月28日18時22分
15歳6か月25日で、 永眠。

 孫娘:ボニー
1998年 孫娘ボニー
5月22日生まれ
2011年3月8日(火)早朝
12歳9か月14日で、 永眠。
<津波は、3月11日(金)>


 「藤」の花・冬の凍った「月」が
大好き!
宮城県・南三陸町の「海」も、
綺麗ですヨ!
ワンsや花の写真を、
お楽しみ下さい!
(小さい写真は、
クリックで拡大!)

 学習・書道・作文・工作の『教室』を
営んでいた自宅が津波に流されてしまい、
今は仮設暮らし……。
 行者ニンニクも、
販売中!

ランキング、参加中で~す!

毎日1回、ポチッと、
お願いしま~す!
「にほんブログ村」が開けば、
投票完了!

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ
シェルティーブログランキング

お勧め、過去記事!


津波関連の記事。
「パソコンから、津波の写真を……。」
「今日は、3.11のことを……。」
「東京の教え子さんへ…。」

ぜひ、覗いて下さいマセ。
  「かっとび、ボニー!!」パート2
 月下美人
 華麗なる? ジャンプ!
 隠し球?
 祖母ランのジャンプ!
 スラローム!
 孫ボニー、独唱!
 フジ!2006
 フジ!2007
 フジ!2008

最近の記事

リンク

カウンター

いらっしゃ~い!!

現在の閲覧者数:

ブログ内・キーワード検索

カレンダー

03 | 2011/04 | 05
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最近のコメント

ブロとも一覧


■ ブログ名:☆あんりんトウフ☆

■ ブログ名:FairyDogのわんこ日記

■ ブログ名:ちょっとひとやすみ・・・気ままな休日

■ ブログ名:Toy toy 日記

■ ブログ名:野の花とネコ達の四季

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ユニークな、お店です!

クリックして、ご利用を!!

行者ニンニクの苗・加工品…格安販売!
内海農園 
巨大盛りラーメン店・しのぶ(豊里)
Bambino(バンビーノ)…ワンちゃんのハンドメイドお洋服
 
 

月別アーカイブ

カテゴリー

RSSフィード

今日は、3.11のことを……。 

 地震が起きる前、ボクは
教室の仕事用デスクトップで、
「青色申告」の打ち込みを。

 そして、あの大きな揺れが……。
(やっぱり来た、これが例の宮城沖地震か!)


 ボクは先週……いや、もっと前から嫌な予感が。
(膨大な写真のデータを、ネットのサーバーに保存しないと……。)
などなど、ずっと考えていたのに実行せず。


 教室のテーブルには、
孫娘ボニーの「お骨」と花々を供えていた。
花瓶の横にノートPCもあり、
揺れで倒れPCを濡らさぬ様にと、
立って両手の指で2つの花瓶を支える。

(建物が潰れる揺れ方ではない……。)と直感。
ひざを曲げ、揺れを逃がす。
だが長い……。
落ちそうになった「ガラス細工」のケースを、押して戻す。

 冬越しの為、部屋に入れていた植木鉢が落ちて、
あちこちからガシャンガシャンと音が!

 やがて、停電。
(打ち込んだ、申告のデータがー!)

 強い揺れは、何度も!
(おさまった時、とりあえず玄関を開ける。)


 大きい地震は、もう来ないと判断。
倒れてもいいように、花瓶を玄関の「たたき」に置き、
ご近所の安否確認に出る。

 お隣のおばあさん……、施錠。
(田舎で昼の施錠は、留守の意味。)
坂を下りて、下のおばあさんの家に。

 声を掛けると、実の娘さんが恐怖に震え、
手で胸を押さえて、おろおろ。

 また何度も、余震が……。

ボク:「大丈夫?お母さんは?」
彼女:「芸能祭を見に、○○会館へ行ってる。
   この辺は、みんな一緒に……。
   どうしよう。ここまで水、来ないよね?」
(彼女は、51年前のチリ地震津波を、覚えている年齢かも。
昔、老人に聞いた話では、海水がこのお宅の前まで来たと。)
ボク:「JRのガードからは、水が来るかも……。」などと、
しばし立ち話を続けて、「みんなが留守か、見てくる。」と走る。

 高校下のおばあさんも、その隣の老夫婦も、やっぱり施錠。

引き返しながら、
(バド母さんの所に、自転車で行こう!)
と考えたが、
同時に、
(行けば、ボクは戻らないかも?)
という予感も、どこかに。

 さっきの所で、また娘さんに声を掛けてから、
そこを通り過ぎて、足の弱い方の安否を確認に行く。

 そのおばあさん、
室内に声もなく座り込み、
ただ涙を流す。
 ご主人は、仕事で留守。
その携帯番号を聞いて掛けるが、もう不通。
避難する気のないおばあさんを説得、
車庫から「手押し車」を出して、
小高い向かいの家へと一緒に歩き出す。
そこへ、嫁いだ娘さん?が車で迎えに。
避難させるということを確認し、
車を見送る。(今は、中学校避難所に。)

 そのまま向かいの家に行くと、おばあさんが外に出て心配顔。
「じいさんが芸能祭に行って、まだ帰らない。何をしてるのか!
津波は、ここまで上がらないよね?」
(ボクの家より、少し低い場所の住民。)
ボク:「波が来なくても、余震で家がダメになるかもしれないから、
貴重品を出して避難の準備を……。」と、ここでも立ち話。
それから、さらに奥の2軒を確認。
 1軒はいつも施錠するお宅なので、インターホンを押し不在を確認。
(住人は、この後に帰宅して避難。
ガレキに挟まれ、足を骨折。ヘリコプターで搬送…とか。)
もう1軒は、声を掛けても無反応。ボクは、留守だと判断。
(避難所に猫を捜索に来たお嬢さんは、この時まだ家に居て
「猫と一緒でないと…」と言っていたとか? 3匹中、高齢の1匹を失う。)

 自宅の下まで戻ると、誰かが
「避難して下さい!」と叫ぶ声が聞こえた。
さっき確認した留守宅に、人が?……と見に行ったら、
駅の向こう側に住むおばあさんが、
愛犬と一緒に歩いて避難してきたのだ。
「でも、みんな留守だった……。」と。
(愛犬と700メートル以上も歩いてきたのだから、
この時点で地震から、かなり時間が経過していた。)

ボク:「ドッグフードは?」
飼い主:「持ってこない……。」
ボク:「ウチのを、あげるから……。」と、坂を上って
室内のガラクタをかき分けて、やっとフードをさぐり出す。
 
が、いくら待っても上がってこない。
(声を掛けずに、避難施設へ行ったか?)と思い、
裏の畑を歩き、町の指定避難施設へ。

 やっぱり、そこにワンコと飼い主が居た。
フードを渡したら、
別の知り合いが高齢ワンコを連れていた。
(そちらも、フードを持たず……。)
ボク:「後で、持ってきてあげるね。」とは言ったものの、
後で…では混乱して会えない?…と思い直して、すぐに帰宅。
再びガラクタの中から、フードを取り出す。

 家を出て、裏の畑を小走りに行くと、
上の高校から「キャー」という声が。
(津波だな……。)

 ボクは走って、指定避難施設の飼い主の所へ。
フードを渡して、ボクは写真に記録しようと、
避難施設の上に建つ県立高校への階段を登る。

 そして、シャッターを切った……。





 ここまで読んで、お気付きの方が、きっと……、

でもボクは、あの時に気付けなかった、
母の帰りを待っていた娘さんのことを……。

 ワンコ連れのおばあさんと一緒に、
てっきり避難施設に行ったとばかり……。

 彼女の行方は、今も……。



東北地方太平洋沖地震に係るプレス発表資料 (南三陸町のHPより)
 
 4月30日(土)午後3時

■避難人員 6,665人
町内避難所:40箇所、6,116人
町外避難所:5箇所、549人

■集団避難人員:1,309人

■昨日現在で
 搬入遺体数      503体
  うち身元確認済み  397体

2011/04/30 22:05|未分類TB:0CM:9

震災で亡くなった方々の、四十九日です。 

 今まで触れられずにいましたが、
今日こそは御報告を……。

 実は、
バド母さまが、
行方不明の
ままなのです。

(孫ボビー君、ノアちゃんも……。)


 彼女の娘さんを、
塾の開業時期にお預かりし、
「ランに仔犬が生まれたら……。」と約束して、
言葉通りに
バド君(娘アリスの弟)を飼っていただきました。


 そして、
娘アリスの子・ボビー君
(孫娘ボニーの弟)も、
飼って下さいました。

 弟さんが通勤時に
拾ったワンの、
ノアちゃんも飼い、
ボクと同じく、
3ワンの飼い主に。

 バド母さまの家は、
あの防災庁舎とは
駐車場を挟んだだけの、
目と鼻の先なのです……。

5月13日.祖母ランの息子の誕生日! (5)
 孫娘ボニーと。                                 息子バド君と。

4月20日は注射の日  (2).祖母ラン18歳の誕生日! (8)
 孫ボビー君と。                                 息子バド君と。

4月20日は注射の日  (1)
 孫ボビー君と。
                           
4月2日(木) (1)
 祖母ランと。

お誕生会 (7)
 孫ボビー君(娘アリスの子・ボニーの弟)。

 
P1080781.jpg
 ノアちゃん。(バド母さんの弟さんに、拾われた子。)

 これ以上については、
もう少し時間を……。
2011/04/28 19:56|シェルティーTB:0CM:18

1か月前の記事に、写真を加えて……。 

4.jpg
 ここに建っていた我が家の、
5.jpg
2階部分の残骸を
ボクは3月24日(木)に、JR志津川駅に近い所で発見した。

(1階は崩れ去り、赤い屋根の2階や物置は、まだ見つからず。)

4月27日 (1)
上の写真・左の鉄筋コンクリートの建物の奥、
黒い杉の辺りから、我が家は「写真の左方向」に大きく流されて、
ボクの視界から消えた。ボクは、黒い杉山から撮っていた……という位置関係に。)
4月27日 (2)
杉山に沿うように、さらに左に流れて、玄関先にあった植木鉢を落とす。
それから、写真の位置まで流れ着いたのだ。
4月27日 (3)
 緑のカラーボックスにかぶさるのは、
いちばん駅側だった部屋の屋根。
先に脱落したので、後ろの部屋が遠くに漂着。
 空との境目には、おなじみのホームがあったのだが、
JRホームの看板と我が家の残骸は、衝突して止まった。



 以下は、3月27日(日)の記事に加筆……。



 朝の会議で、外出の許可を得る。

現地では、もう自衛隊が撤去作業に着手する直前だった。
事情を話し、作業に参加。(昼食を抜いて、捜す。)


夕方までに……、

孫娘ボニーの通院に使った、あのエコバッグが!
胴輪やコームなども一緒に!

娘アリスと生徒さんとの写真(きっと、ランの)も!

母の位牌も!

チリ津波で51年前に、9歳で死んだ姉の通信票も!

オーダーメイドの、ロードバイク(自転車)の残骸も!

我が家の宝物、赤い硯も!

ボクのアルバム……などなど……も!


エコバッグには、絶叫!

娘アリスに……、帰ってきたネ。

母と姉の導きに、涙。

自転車に、お疲れ様。ありがとう。

moblog_432b19dd.jpg

赤い硯を見つけてくれた自衛隊員には、思い付く限りの御礼の言葉を!
そして、
『ガレキの街ではなく、海岸線を目に焼き付けて』
と……。


 昨夜、気になった品々が、ボクの手に! (何かの、チカラで?)

いま枕元には、赤い硯。

 目まぐるしかった本日、万感の思いが、去来……。

一輪車に品々を積み、登校坂を6往復ほどしたので、やはり腰がー!

では、また今度~!




カプセル小DSC_3780 


 ボクはネットでも、「行者ニンニク」を販売しています。
販売のホームページは、ここをクリックして下さい。

 スタミナ山菜
   「行者ニンニク・格安の苗」
  
 元気の み な も と
   「粉末カプセル」(根入り限定品)
 


 ランキング  参加中
 紫のバナー  ポチッと、 お願いしま~す

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ    携帯は「ココ」をポチッ→「シェルティー・ランキング」へ!
犬ブログ シェルティー



2011/04/27 21:39|シェルティーTB:0CM:6

三世代シェルティーSが……。 

 先日、ブロガーのシンバ&ティアラさん(「シンバとティアラの日記」)から、
避難所に荷物が届いた。

ボクの過去記事から、
三世代シェルティーSの写真を印刷して、
ラミネートまでして下さった!!
(他にも、お心遣いが……。)
感謝でいっぱい~!!!

 荷物を開いた時のコトを思い出すと、
今もボクは、ほほ笑んでしまう。

祖母ラン・娘アリス・孫娘ボニーが、
帰ってきたのだもの。
3ワンが、帰った!
シンバ&ティアラさん、有難う御座いました!
(お礼が遅くなって、ごめんなさい。)




 さて……今日は、南三陸町
47避難所の代表43名ほどが、
町役場の仮庁舎に集合。

 会議……ということであったが、
そこでボクは、「寝耳に水」の話を聞く。
(ここでは、詳細を控える。)

 その会議で、ボクは何度か発言したのだが、
それを聞きいていたという某TV局の女性が、
避難所までボクを訪ねてきた。

「会議の感想を……カメラの前で」、と。

「ボクは、本人の前で意見を述べてきた。
見解の相違はあるが、
彼らも同じ被災者だし 一生懸命だ。
相手の知らない別の所で、
メディアから一方的に非難したくない。」と。

また顔の露出を回避してしまった!
(ヒゲも剃ったし?)




4月24日(日)
 我が家によく来ていた、
独り者の「キジ君」。
鳴き声から、元気だとは知っていた。
会えそうな予感がして、いつもの所へ行ったら
案の定!

4月24日 (4)

4月24日 (3)
 同じ日、今年のサクラ……。(登校坂)
4月24日 (1)

4月24日 (2)
 
 それでは、また……。




 ボクはネットでも、「行者ニンニク」を販売しています。
販売のホームページは、ここをクリックして下さい。

 スタミナ山菜
   「行者ニンニク・格安の苗」
  
 元気の み な も と
   「粉末カプセル」(根入り限定品)
 


 ランキング  参加中
 紫のバナー  ポチッと、 お願いしま~す

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ    携帯は「ココ」をポチッ→「シェルティー・ランキング」へ!
犬ブログ シェルティー



2011/04/26 23:26|シェルティーTB:0CM:4

今日は孫娘ボニーの、四十九日……。 

 昨日は写真教室の講師、
杉田 徹さんのお宅に招かれ、
久々にユニークな面々が集結。
(詳細は、そのうちに?)

 津波後にも杉田さんに、
お誘いを受けたが
代表なので参加せず……。


 震災後45日目で、
初めての飲酒。

 これまでは、
酔う気に
なれなかった。



 避難所に通電した日も、
「呑もう!」と町民から誘われたが
断っていた。
(みなさん、お店から買って、
避難所には、結構お酒がある。
ある場所では、毎晩の飲み会も?
避難所の生活では、それも良いコトだ。)


 杉田さん宅から、
夜中の11時ごろ避難所に戻る。


 今朝は、4時50分に起き出し、
伸ばし続けていたヒゲを、
1時間ほどかけて剃った。

(ハサミで切ってから、
T字のカミソリを4本、使用。)

 四十九日には
元のボクの顔に戻り、
孫娘ボニーを送ろう……と。




 3月8日(火)に亡くなり、
清めた後の孫娘ボニー。
3月8日
(ツヤツヤの毛だ。 この日は薄目で、ボクをずっと見つづけ……。)
 バド母さまが、手作り食パンと花などを持って、
ムック母さんも花などを携えて、
さっそく来てくれた。

3月9日 (1)
 翌日、花に囲まれて……。

3月9日 (2)
 ブログのお仲間、silomiさん、lurkママさんから、
お花が届く……。
「ボニーちゃん安らかに。」のメッセージとともに。
 通院の度に励ましてもらった、
JR志津川駅・売店の方からも、カサブランカなどの花束が……。
3月10日
 震災の前日である、火葬の日
気温が低いので、
この日まで、
2日間の添い寝ができた。
 庭の花々を入れてやりたかったが、
この時期には「福寿草」しかなく、
ちぎって飾る。
(頂いた花々からも。)
3月10日(2)
眠っているとしか、
思えなかった……。




 写真・ブログの先輩hiderinnさん、
バド母さまと一緒に、骨を拾った……。


 そして、その次の日は
津波

(三世代シェルティーSの骨は、すべて流され……。)



カプセル小DSC_3780 


 ボクはネットでも、「行者ニンニク」を販売しています。
販売のホームページは、ここをクリックして下さい。

 スタミナ山菜
   「行者ニンニク・格安の苗」
  
 元気の み な も と
   「粉末カプセル」(根入り限定品)
 


 ランキング  参加中
 紫のバナー  ポチッと、 お願いしま~す

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ    携帯は「ココ」をポチッ→「シェルティー・ランキング」へ!
犬ブログ シェルティー


2011/04/25 11:27|シェルティーTB:0CM:10

パソコンから、津波の写真を……。 

やっと、ネットが使える。

今までアップ出来なかった、
津波の写真を……。

20060323193326.jpg


1.jpg
三世代シェルティーSが散歩した
「荒島」をバックに、
白い津波が
盛り上がる。
(火災も!)




電線のクロスしたところを拡大。
南三陸町の防災庁舎の屋上には、
たくさんの人影が。
2.jpg
(その、ほとんどが
亡くなったという……。)


3.jpg
押し寄せる津波が、
駅のガードから噴出!!

ボクが立って撮影する、志津川高校の登校坂の下には、
4.jpg
我が家がある。
5.jpg
中央に見えるカーキ色の屋根2つと、
その左の2階が海老茶の屋根、
手前の赤い平屋部分も、我が家。
(手前には、赤屋根のプレハブの物置が。)

この後の変化については、
またに……。

(慣れないPCで、マウスがないと…疲れる。)
2011/04/23 23:15|未分類TB:0CM:17

緊急報告! 

取り急ぎ…、報告のみ。


今日の午後3時頃に、
めでたく通電!

柔道場が、キラキラに!

何が起きたか理解できず、余震より
ショッキングだった。

(パソコンも、
午前中に入手。
ネットは、まだ。)

それでは、また…。
2011/04/22 20:31|未分類TB:0CM:10

一昨日と昨日。 

おとといの昼は、
関西からの炊き出し。
『タコ焼き・焼きそば・
そばめし』を!
(しばし行列して、待つ。)

やがて、
いつもの牧師さん
ゆかりの方々
(台湾の方も)が、
一泊ボランティアとして
来訪。
支援の品々を、搬入。

子供たちへの『焼肉おやつ』も、事前に企画済み。

(アメリカの方々も、
合流。)

みんなで行列、
関西の味を楽しむ!
(どれも美味、
ごちそうさま!)


その間ボクは、
『流失家屋への支援金』
申請にも並ぶ。


そして、3時半には、
小浜市から、『はし』の色付け教室が。
(アメリカ組も体験。)


『焼肉おやつ』着手が遅れ、
調理に手間取り、
避難所の夕食が配られて
からも、彼らは更に奮闘!


アメリカ組の帰宅が遅れ、
急きょ避難所に一泊と。
寝袋なし2名、あり6名分の、寝具を準備。

すると、
津波で別れた愛猫の
保護を願う、あの女性が
夜に…。
(けっきょく計9名が、
避難所に泊まった。)



昨日は、高校(避難所)の
入学式。
町民が感謝をこめて、
朝から入学式の通路を清掃。

終了後、
一泊ボランティアが、
ボクの畑のガレキ整理に。
塩に負けず芽を出した
行者ニンニクを、
救って下さった。
やがてアメリカ組も参加、
なぎ倒された木を、何本も
除去し、畑は見違える様に!
(台湾の女性も、『うね』
を綺麗にして下さった。)
皆さんに、感謝…。


お昼を過ぎ、いつもの
牧師さん達も到着。
前にも畑に来た牧師さん、
ガレキの変化に、
目をみはる!

(牧師さん達と何度も
避難所に来て下さった、
ユニークな進藤牧師さん
ご夫妻については、
後日…。)

避難所に戻り時計を見ると、
式の10分前だった!


入学式に合わせて
開花を遅らせたか…、
桜の花も応援。

町民からは、祝福の声が。


今日、パソコンが?

ガレキを運んだボクの腰、
起きた時には
どうなっているか…?
(すでに、痛みが。)
2011/04/22 00:12|未分類TB:0CM:2

4時半に起床。 

夕べは、眠かった~。

9時半には
眠ったのだろう…、
ジーンズも靴下も脱がず、
メガネも取らずに…。


いや、
津波後かなりの間、
避難所での睡眠は、
この格好が当たり前だった。

いつでも、

逃げ出せるように!

と…。
(もちろん、『着たきり』
生活でもあったが。)
当然、メガネを掛けて
眠る習慣も無く、
津波後の

『寝返りせずに、
上を向いたまま』
での就寝は、
辛かった。



やはり、午前2時前には
いちど目覚めたが、眠くて
そのまま眠る。

朝、メガネを探したら、
ヨレヨレに曲がって
出てきた…。(苦笑)




昨日は、
名簿の調査・転記の
作業を。
そして外出者の帰宅後も、
ランタンの明かりで、転記。
(まだ、停電は続く…。)



眠かったのは、疲れか?
それとも、
眠れるだけの体力が回復か!?


転記作業の途中で、
『安いのが見つかった、
パソコンを新品にしては?』
と、模試の社長から電話。
関係のメモを探すが、
暗くて見つからず…。
(明かりが~!)

早いのは、
パソコンの到着か
通電か?




2月19日(土)在りし日の
孫娘ボニー。
(JRの列車内で…)



黄緑のマットは、
津波から戻り、
今もボクの枕元に有る。
2011/04/20 06:51|未分類TB:0CM:2

過去記事の写真を、アップ。 



3月27日(日)の携帯写真。

平成9年に作った、
ロード・バイク。
(大事に室内で保管、
タイヤは
ミシュラン。)

サイクリング先で偶然
立ち寄った、岩手県の
ユニークな職人さんに、
製作を依頼。
彼がフランスから直輸入
した鋼材から、フレーム等もハンドメイドで
彼が溶接。)



自衛隊員にワイヤー類を
切ってもらい、
ハンドルとサドルを
避難所に持ち帰る。


仙台への日帰りで、
往復190キロの旅…などを、
『ありがとう。
ご苦労様…。』と、
自転車に声を掛けた。




今日、
中古のパソコンを手配。
(避難所には、まだ電気が
来ない。)
2011/04/19 16:59|未分類TB:0CM:2

津波から8日…、 

3月19日の携帯写真。
(志津川高校の登校坂から)





画面の右下あたりに、
我が家があった……。
(携帯から初めて、写真を
アップ出来た。)



ボクは
『津波』の写真を、
ポンコツの
デジタル一眼レフで、
手前の階段から撮影
している。

『津波』の写真は、
パソコンの購入後に
アップしたい…。


今日も、
志津川高校避難所には、
電気が来ないまま
だが…。
2011/04/18 22:13|未分類TB:0CM:1

諸々を、ご報告。 

4月15日(金)
牧師さんからの物資、
避難所用の自転車で、
例の残骸にあった
ボクの杖を取りに行く。
(腰痛用に…と。)

だが、漁具を探す漁民の
取組みで、ガレキは移動。
杖も無し。

しかし、
新たな3ワンの写真と、
津波でかなり傷んだ筆、
良い品の硯…他を発見!
(漁具回収、有り難い!)

その夕暮れ、模擬テスト
会社の社長が来訪、
過去の模試を頂く。
(同業にしか言えぬ話で、
胸のつかえがスッキリ!)


4月16日(土)
朝、避難所の自転車で、
町の奥まった地区に行く。

社長との話を刺激に、
『被害のない所に教室を』
と考え、様子を聞きに行く
が……。
(腰痛の対策、運動不足の
解消には…なった。)


午後には、
小浜市から援助の団体が。
活動を終えて、
『車のキー、とじこみ』
に気付いた。

『差し金が有れば…』
と運転手さん。

『持ってマス。』
と、ボク。

3ワンの写真と一緒に、
愛用の差し金が
あったのだー!
(ウソみたい~。)


補聴器を津波で流した
あの女性の妹さんと、
夜に話す。
町に申請、新しい補聴器が
来るコト…。家の跡地で
元気な愛猫を発見、
だが保護できず…
との情報が!



今日、ボクの自宅付近に、
自衛隊が出て、いくらか
ガレキを移動。

ボクは、
藤や行者ニンニクの大鉢や、一輪車などを発見し、
回収。
(また、腰が…!)

夕方、肺炎患者のご老人を、
救急車で搬送。

今日もなんとか、
一日が終了しそう?



追伸
この避難所には、まだ
電気が来ません…。
(昨日、
隣の地区には通電…。)
2011/04/17 20:46|シェルティーTB:0CM:4

東京の教え子さんへ…。 

長文の「かぎコメント」に、
感謝。

あなたがた姉妹・お母様を、
今も鮮明に。

あれから、
もう10年も!?

震災後、避難所の前で会い、
二言三言
話した妹さんを、
高校生としか思えず…。

妹さんは、
津波で大変だったのだと、
後で伝え聞く。
ぜんぜん知らずに、
失礼を…。



頂いた「かぎコメント」には

『頭の中では現実だと分かっていても、
整理できずに(略)』
『朝、起きると(略)
すべて「夢」だった(略)
のではないかと(略)』
と、あった……。

ボクの感覚も、まさに
それ。


高台の奥にある避難所から
ガレキは見えず、
登校坂に近付くと
悪夢の『現実』が、
眼前に広がる!

たしかに、
南三陸町は
津波に
のまれてしまった。

でも、
住民の半数が
生かされたのだ。

だから、
町が消え去ったりはしない。

ここまで完全に
町が破壊された以上、
残された選択肢は、
『創ること』だけだ!

災害を
そう捉え直せば、
逆に『希望』も湧くはず。

だって
この町の前には、
『創造への道』
が拓かれていくのだもの。


教え子さん、
三世代シェルティーSの
ブログを見つけ出して下さり、
ありがとう!

(優しいお心遣いに、
再び感謝。)
2011/04/16 21:57|シェルティーTB:0CM:3

昨夜の… 

耳の不自由な
お嬢さんの、
ご両親とは親しく、夕方
避難所を訪問した
お父さんと久々に会い、
長話をしたばかり!

だが、
彼女には殆ど会った事が
なかった。

(ボクは津波の前に、
彼女の家にも声を
掛けたが、無反応。

その頃
彼女は家に居て、
『猫がいないから
避難しない』
と家を出ず、母らが説得…
と後に聞いていた。)


補聴器は流された…と、
筆談で詳細を聞く。
犬3匹を自転車に乗せて…
で、ボクを思い出して
くれた。(笑)

彼女は、寝袋を持参。
避難所の毛布2枚と
水などを出してから、
ボクはブログの続きを…。


ボクは4時半に起きたが、
女性の寝床を見にも行けず…。
気が付いたら
猫を捜しに出たのか、
毛布の上には置き手紙が…。


『暖かく眠れました。
ありがとうございます。
家に帰りますが、
もしかしたら、また
こちらに泊まらせて
もらうかもしれません。
お世話になりますが、
その時は
よろしくお願いします。』
(ていねいな、文字だった。)
2011/04/15 17:46|シェルティーTB:0CM:2

色々と~! 


ボクと
姉弟みたいに育った人が、
きょう避難所を訪問。

三世代シェルティーSと
一緒に、
毎日のように行った、
あの鮮魚店のタコ煮名人だ。

ご主人と息子
(甥っ子みたいな教え子)
さんと一緒に!

『痩せたネー。』と涙ぐみ、
ハグされる。
(ウエストは減。
でも体重に
変化なし…だが。)

リクエストした品々を、
頂く。
(ボクの母の思い出を、
渡す。)

旧・魚市場に近い自宅跡を
見に行く彼らを、見送る。


その後、
いつもの牧師さんが訪問。
彼らを通じて台湾の団体
から、テレビ2台と
発電機を頂く。
『台湾の地震に頂いた
援助の、お返し…』と、
台湾の女性が語る。

テレビ・アンテナ・発電機
の設置に、ボクら
どシロウト集団が、
楽しみながら右往左往。
何とか、仮設置。
(明日は、仕上げ?)

その合間に、
牧師さんを近所の避難所に
案内。
(書けないが、そこも微妙な
問題を抱えていた!)

戻ると、
台湾の女性などが、
子供たちに『腹話術』の
劇を。
(子供たちの、目が輝く!)

牧師さん達が、ボクの家を
見たいというので、案内。

(以前に何点か
見つけ出した品が、
敷地内から盗まれていた。
惜しくもない品々を…。)

一方で、
濃い海水に洗われ、
海の砂をかぶっても、
畑の行者ニンニクは、
芽吹いていた!

牧師さんご夫妻に、
行者ニンニクをプレゼント。
二日後の訪問を確認し、
見送る。


なんだかんだで
昼食を抜くが、
夕飯がかなり早目に。
三重県から、炊き出し
奉仕を受けての、
『しゃぶしゃぶ』だった。
(夕食後、
ボクの不格好な歩行を見て
心配した方が、シップ薬を
下さった。感謝!)



なんて……、
布団の中で
ブログを書いていた
9時前に、
『代表…』と小声が。

『この近くに済んでた…
という
耳の不自由な若い女性が、
一晩だけ泊めて…と。
猫を捜してるとか…。』

ボクには、心あたりが…。
(足腰をかばい、ゆっくり
起き上がる。)



この続きは、明日に…。
(避難所って、こんなに
いろんなコトが有るの?)
2011/04/14 23:40|シェルティーTB:0CM:4

深夜の、 


1時過ぎに目覚め、
そのまま長い間考えて…。
『朝の会議が終わったら、
厨房へ行こう…』
と決める。
(気が、重い…が。)


被災してから、
90歳の『じいちゃん』を、4人で
ずっと介護する
ご一家がある。
(そのご主人は、
班長としても活躍!)

以前の班長会議で、
『硬いおにぎりで、
じいちゃんが
お腹をコワすので、
カセット・コンロを
買って粥を…。』
との申し出が、
そのご主人からあった。


ボクは、前からの思いを
厨房に伝えた。
『高齢者や、
入れ歯の合わない人、
腹痛などで
お粥が欲しい人…』へと、
ひと鍋のお粥を依頼。
『手数を掛けるが、
食べる人数には、幅を~』
とも。
(介護する家族の
負担を減らしたかったし、
色んな状況の人にも、
食べてほしかった。)


ところが最近は、
決めた人にだけ直接
お粥を配るようになり、
ついに
昨日の記事の状況へと…。


厨房に行き、
昨日の説明を求める。

配膳の担当者(かな?)
から予想通り、
『忙しい・大変だった。』
の言葉。

ボクの意図を伝え、
介護家族がコンロを
外で使ったコトや、
雨の日も…今後はきっと、
とも言った。

が、相手は、
『人数を決めてー』と…。
(平行線?)

時間のムダ…。
配膳の担当者(かな?)
にレトルトのOKを出し、
ボクは話を終了。

そして、
じいちゃんの
家族の所へ行き、
今日も再び
両手をついて謝罪。



自分と同じ被災民が、
不自由な避難所で
介護も続けている。

それに共感するコトより、
『自分は大変…』の意識が
肥大化する恐怖!

(ボクをはじめとして、
みんなに被災からの
ストレスが蓄積。)

ボク自身も、その
『自分は大変だ』病に
感染してしまった~!
(もっと、肩のチカラを
抜かネバ~!)
2011/04/13 16:35|シェルティーTB:0CM:2

今日は、整体を…。 


昨夜も、
2時に起き、
1時間ほど眠れず、
入眠剤で6時前まで
眠る。

昼ご飯の前、
整体を受け始める。

(菓子パンなど、
砂糖の多い食事も、
肝臓に負担を…
と聞く。)

整体の後で、
みんなが食べ終わる頃に
もらった食事が、
おにぎり・
コーンスープ・
りんごの砂糖煮に、
シュークリーム2個と
エクレア3個。
(お菓子は、
一度に食べず…笑)


夕方に掛け湯、
日が長くなったと実感。



今日も、
いろんなコトが…。

朝食の直前、
厨房から来た女子高生から、
『希望者へ』と、
たくさんのレトルト・おかゆ
と、鍋だけを渡された。
ボクの目は、点に…。
『熱げんは?』
今度は彼女の目が、点。

仕方なく、
レトルトの希望者を募ると、
90歳のご老人だけ…。
(今までの
炊いたお粥では、
数入の希望者が
居たのだが……。)

ボクは本部へと、
カセット・コンロを
取りに
急ぐ。

その他にも、
細かな
ホコロビが!

やはり、
一か月…なのか。


追伸
ボクの塾生は、
全員無事です。
2011/04/12 19:12|シェルティーTB:0CM:3

津波から、今日で一か月…。 


今朝6時、
沖縄の自衛隊が
交代式を。

先発隊が、
帰る。

いつも遊んでもらった
子供たち、
一緒に汗をかいた
スタッフ…、
見送る人々・帰る自衛官たちが、
ともに涙を。


トラックに乗り込んだ
自衛官が男の子を呼び、
自分の帽子を渡す。

もらった帽子を
かぶった子は、
服の袖で
涙をゴシゴシと拭う。

トラックの列は、
志津川高校の校庭を、
朝日に向かって走り出した。


このシーンを、
久しぶりの一眼レフ
カメラで撮ったのは、
本当に今朝のこと?
一昨日のこと?
それ以前のコト?


今日で、
津波から一か月?
いや、
数か月が経ったような
感覚が……。
(時間の流れ方が、
なんかヘン!
災害の、
ショックからか?)


そして今日は、
いろんな人との再会が…。

まず、
散髪ボランティアの女性が同級生で、
中学以来…らしいのに
マスクをしたボクに
気付いてくれた。
(ボクも、
彼女の旧姓を!)

午後は、歯科受診。
(掛かり付けだった先生。)


そして、
あの牧師さんの
スタッフ達が、
避難所の子供たちに、
焼肉パーティーを
プレゼント。
(ボクは前回、
すでに聞いた彼らの
訪問趣旨をスッポリ忘れ、
次回の内容と混同。
災害の影響?
それとも老化か?)

その準備中、
中学以来の大親友が
突然に訪問。
(災害を広報する仕事が多忙で、
やっと実家に帰れたと…。
様々な雑用で、何度も会話を中断。)

夕方には、ブログ&カメラの大先輩、
hiderinnさん
(ブログ『南三陸・海山川』の彼も、
店舗・住宅を流失したが、ご家族みな無事!)
が電話&訪問。
津波で流した
孫娘ボニー専用の自転車を、
彼に再注文していたが、
やっと入荷すると…。
(代表のうちは、禁酒するつもりのボク。
いつかは呑もう!と約束。)

昼食・夕食は、
本場の讃岐うどんを堪能!

その他にも雑用・訪問者があり、
ジェット・コースターのような日だった。

津波からは、
やはり
数か月という
感覚しか……。
2011/04/11 22:04|シェルティーTB:0CM:2

ブログの、つながりから…。 

本日、
心遣いの品々が、
たくさん届いた。


ブログ初期から
お付き合い願っている
ご夫婦から、
ボクのボンコツ一眼レフ・カメラと、
ボンコツのボクの身体を、
救って頂く。
(お嬢さまからの応援も、
有り難いー!)


それから、
被災者へ向けた活動を
模索中の方が、
このブログを読んで下さり、
紳士・婦人・子供
への下着を、
たくさん送って下さった。
(ご高齢の方には、LLサイズが好評!
お心遣いに、感謝!)




腰・肩が少し痛み、
ちょっと休んでいた
物資の搬入。
先日の日没後に、
大きな
トラックが
2台。
ボランティアの
皆さんは、
もう居ない時間に
到着。

避難所で動ける人は、
いっそう減った。

と、いう訳で、
ボクは少し無理を…。

したがって、
膝にまで痛み…が。


では、またー。
2011/04/10 22:09|シェルティーTB:0CM:2

悲しいコト、うれしいコト。 

今日は、雨降りだった。



悲しいコト。

ボニーのマットを
二日干してから、
とりこんだ時に
また雑用。
(誰かに、
持って行かれぬ様に…)
と、
ちょっと置いた場所が、
避難所の入口にあった
生徒用のパイプ机。


ちょっと…のつもりが
また用事の連鎖で、
結局は
マットの存在を
忘れてしまった!

その(最大余震の)翌朝、
洗面所の
足元には
『黄緑のマット』
が敷かれていた…。
(サッと血の気がひく。)
『こげ茶のマット』を
探すが、
ない!

青くなって
避難所の皆さんに
呼び掛けたが、
出てこない…。



うれしいコト。

その午後に、
避難所を
段ボールで仕切る
手伝いをしていたら、
小さな男の子から、
『ねぇ、班長。』と、
トントンされる。

『ねぇ、
どっかで見たと思った
茶色のタオル、
見つけたよ!』

彼はクルッと回ると、
走る走る~!
靴を履こうとするボクを
おいてく勢い。

やがて振り向いた
その子は、
胸の前で
茶の
フェイス・タオルを、
ピーンと張って…
ボクに見せる。

ボク『残念、
ちょ~っと違ったなー。』
子『じゃ、誰の?』
ボク『高校生のかナー』
子『あっちから飛んできた。』
ボク『なくして困ってるかも、ここに結んどこうネ。』


うれしい…。
朝の
『ボクの大切な…』
という呼び掛けを、
こんなに小さな男の子が、
ず~っと
気にかけて
くれたなんて!

『こげ茶のマット』が、
この子の優しい心を、
ボクに伝えてくれた。

それこそが、
孫娘ボニーからの、
贈り物~!



さっき、大きめの余震。
避難所は、大丈夫。

では、また。
2011/04/09 19:17|シェルティーTB:0CM:8

最大の余震だった…とか。 

ご心配を、掛けましたが、
避難所は無事でした。

我が南三陸町は、震度5。
寝込んだとき…かな
と思ったら、
11時半の地震で、
数時間は眠った頃。

ラジオから
津波の警報が出たし、
みんなザワついていたが、
間もなくボクは
眠ってしまった。

そして
いつもの如く、
午前3時に覚醒。
枕元に積んだ荷物が、
崩れていたことに気付く。

安否確認のメールに
返信していたら、
午前4時をまわり…、
6時過ぎまで、寝坊を。


思いのほか
内陸部の被害が大きく、
先日いった町並みも
数軒が倒壊とか。
そこで
停電・断水も起きており、
さぞ不便な思いだろうと
察する。
(ウチの避難所も被災から
ずっと停電・断水だから、
あまり不便を感じなくなった。)


聞く所では、
南三陸町にも
地割れが増えた……とか。


今日、震災後はじめて
佐藤町長が避難所に。
『デザート・ムーン君、
代表ご苦労様。
避難所の様子は?』

問題が、山積で…。

『そりゃそうだよ!
大災害だもの、
上手くいくはずなど無い!』

(…?)
2011/04/08 15:44|シェルティーTB:0CM:8

皆様の地に南三陸町の被災者が…、 

伺うかも知れませんが、
何とぞ、よろしく
お願いを…。


さて昨日、
祖母ランの
ブリーダーが、
この避難所に来た。
(大変に、尊敬できる方。)
お姉様が被災者で、
お見舞いに…と。

孫娘ボニーについて
一連の説明をしたら、
『旅立ってからの津波で、
よかったね…。』と、
読者コメントと同様の意見。



今日は、
被災・り災証明の申請に、
長時間かかる。

その間に、
牧師さんの団体が
いらしていた。

またも、
必要な物資を、
スピーディーに頂戴した。
感謝!


以前に発見した
ウエスト・バッグに有った、
津波に揉まれた
メモリー・カード。

歯ブラシを使って、
プールの水で洗い、
ジーンズのポッケで
ゆっくり乾燥。

実は、
3ワンや花や
南三陸町の風景など、貴重な写真が、
完全に復活していたのだ。

ただ、湿気からか、
時には
いくつかの画像が
出なくなることも…。

だから、出せるウチにと、
牧師さんの友人に、
バソコンでCDに焼いてもらった。
(更に、
全てのCDを持ち帰り、
メモリー・スティックに入れてくれると!)
本当に、有り難い!


皆さんを見送って、
オヤツの時間に
昼食。

その後には、
ゆうべ嘔吐し、
ノロの疑いで
寝具を捨てられた人に、
毛布を渡していたら、
別の団体が到着。
すぐに、そちらの対応を。


今日も、
たくさん
イイことが……。

ありがとう!

では、……。
2011/04/07 21:42|シェルティーTB:0CM:5

ついに、出た~! 


ノロ対策もあり、
昨日に続けての外出は
控えたい所だが、
(昨日は、発症者なし。)
今日は何故か
あの場所に
行きたかった。

流れ着いた
ウチの残骸を
自衛隊が崩し、
捜索して下さった所へ…。

お昼までの、1時間だけ…。


着いた
そこには
なんと、
『成人の日』から
孫娘ボニーを入れて
JRで獣医に通った
例のバッグが、

有ったー!

バッグの中には、
ブログ写真に何度も写った
敷き物も2枚!
(黄緑色・焦げ茶色が、
各1まい。)

プールの水で洗って、
よい天気~の
お日様に干す。

バッグは、夕方までに乾く。
敷き物は、明日も?


また、思い出の品を
この手に出来た……。
2011/04/06 19:38|シェルティーTB:0CM:7

車で、遠出! 

今日は、
近所に住んでいた方
(避難所でも近所)
の車で、
銀行や郵便局の有る地へ、
午前10時半~午後4時半頃まで、
外出。
街並は元のまま、
まるで、別の世界だ~!
(手続きが、かなり出来た。
協力が、有り難い。)

出かける前には、
集団移転を送り出し、
帰った直後には、
夕食の食器に袋かけ作業。
(洗えないので、
袋を使い捨てに。)

午後8時頃、ボクが歯磨きから戻ると、
少年が嘔吐し、
それを祖母が処理した…と
班長から報告。

祖母に聞くと、腹痛も…と。

ゴミ箱から、汚物の袋を回収して密封、
看護師を要請。

『大丈夫だとは思うけど、
ノロとしての処理を
しておきますネ。』
と、ボクは祖母に話す。

(朝にも、ご夫婦が隔離。
ノロの患者が、毎日…。)
診察の結果、少年は
ゼンソクからの嘔吐だった。
(よかった!)



先日、避難所の皆さんへの
ボクの問題提起・注意喚起の発言に、
『その言い方はないだろ。
係を作って、順にやらせろ!』
との反発が男性から…。
ある班長が、
『やれる人が、少ないんですよ。』
とボクの援護をしたが、
『クチのキキかたが悪い、と言ってるの。
まるで脅迫だ!』
と、反発は続く。

『そんなつもりは、全然ない。』
と説得をするボクの横を通って、
室外に出たその男性。

翌日、女性たちが、
野菜ジュース、ノート、ボールペンに、
白ワインも1本、
ボクにくれるという。

ジュースだけを頂くと言うと、
『ワインだよ!
たまには呑んでストレス発散しないと…。』
(いたわりの気持ちが、有り難い…。)

『オレは大丈夫!みんなで少しずつ分けて呑んで。ノートも1冊もらうから。』


あの時、席を立った男性に、
長い時間をかけて、
ボクのおかれた状況や本意を
彼が納得するまで
説明してくれた男性たちも…。


その優しさこそ、
白ワインに勝る癒し!
今は、
避難所が
一家だもの…。
2011/04/05 23:46|シェルティーTB:0CM:10

深夜…、 

緊迫した声で覚醒。

どうやら、
90歳のおじいちゃんが、
一人で起き出し、
寝床の周辺に便を…?

介護するご主人は
補聴器を取っていて、
奥さんの指示が聞こえない。
若い娘さんまで、パニック。

ボクが、手伝う。

素手で便を掃除をする、ご主人。
おじいちゃんの便に気付き、
ご家族を起こした
第1発見者が、
素足で歩き回る。

除菌の範囲が、増えるばかりなので、
二人には動かないでもらう。

除菌中も、トイレに行く人が…。
トイレから戻った人に、
消毒の薬剤が乾くまで
待つよう言うが、
目を離したら
乾く前に寝床へと……。
(ルールを守れない人間は、
どこにでもいる。)

汚れた場所にバスタオルを敷き、
塩素系の薬剤を振り掛けて消毒。

ここで、
おじいちゃんが、
畳の上に
下半身を露出したまま、
座っているのを知る。
ダメだ~、急がないと!

看護師さんを呼んでもらったら、医師も一緒に。

『おじいちゃんが、便を踏んで…。』
と伝えて、足の消毒も依頼。

ボクは薬剤で、広範囲を仕上げ拭き。

全てをゴミ袋に捨てて密封、
終了は深夜2時前。



今日は、
先週の牧師さんの団体が、
食器などを届けて下さった。
ありがたい!

団体の一人がマッサージ師さんで、
ボクもしていただく。
(生き返った~。)

やはり、今日は
イイ日に~!



眠いので、また今度。
2011/04/04 20:26|シェルティーTB:0CM:8

今日は、精神的…に 

疲れた~。


ノロウィルス関係の準備に、
集団移転のケア。

ボランティアから、
希望の物資について、
長時間の聞き取り。
(昨日も、別の団体から。)


一日の終わりが近付くころ、
ノロウィルス対策について
役員からの、

そして、
全体への『呼び掛け』では
ある町民からの……、

いや、やめておこう。
さらに
疲れるだけだ。



『呼び掛け』の前には、
隣のおばさんが、
ノロウィルスの
治療部屋へと移動。



被災から、わずか3週間。
こんなのは、まだ序の口。

こうなったら、
最後まで
ヤルだけダ~!

では、また……。
2011/04/03 19:43|シェルティーTB:0CM:7

ノロウィルス。 

会う人の多くが、ボクに
『犬は?』と聞く。
『この2年近くで、3匹が……。』
と説明する。
津波に遇わなかったの…と、
一様に安心なさる。


昨日もベイサイド・アリーナの玄関で、
教え子さんの御両親と会う。
そこでも、同様の会話が。
その昔、ボクの塾に入ったのが、
小学生の頃の息子さん。
当時はアレルギーで、犬との接触は禁止だったと後で聞いたが、
祖母ランが清潔なので、
お母様が入塾を希望したのだと。
『他所で触れない分も、
いっぱい触りなさい。』と、
お母さんが息子さんにOKを!
(もちろん、生徒さんにアレルギーは出ず。)
やがて娘アリスが生まれ、
その生徒さんにも可愛いがられた。
祖母ラン達が、若~い頃の思い出……。

その御両親の後ろに立つ、
男性に気が付く。
『息子さんか?』と、よく見ると、
今は他所で暮らす、
別の教え子さんだった。
祖父母・両親・叔父を、
津波で亡くし、
同じく塾生だった弟さんが、
奇跡的に助かった…
とのこと。
彼のお母さんとボクは写真教室の仲間で、
叔父さんはボクの5歳上で、
小学校の書道クラブ以来、
折りに触れ交流していた先輩。

教え子さんには、
『なんとも…、掛ける言葉が見つからないが、
お互いに立ち上がろう。』
としか言えず。



今日、ノロウィルスの疑いの有る患者が、
また出た。

ボクは、医療関係者から
何度か呼び出しを。


塩素系の薬剤による消毒が、
昨日から開始されているが、
明日からは、
トイレの掃除方法について、
指導が。

不本意ながら、
やはり清掃の係を
固定せねば…。


ここまで書いた時に、
腹痛の小学生を医務室へと!

少年は、

ヒドイ


便秘だった…。
(先ずは、ホッと。)
2011/04/02 19:59|シェルティーTB:0CM:4

皆さんの、援助・募金活動に……、 

深く深く、感謝いたします。


さて、
避難所の朝は、
早い…
って、

どこでも
朝は早~い!!

(昔の
お笑いネタで、
失礼…。)

朝の5時半には、
避難所の95%が
活動を開始。

太陽と共に起き、
日没と共に…
眠くなる生活。
(身体の毒素が、
ドンドン出ていく感じ。
酒も控え、肝臓も元気に?)



朝の会議で、
この避難所から、
ノロウィルスの
陽性患者が出た…
と、伝えられた。

いよいよダ…。

『バニックにならないよう、
住民に安心感を持たせるコト。
予防は、とにかく、
うがい・手洗い
に尽きる。』
と、急きょ会議に参加した
医師から忠告。


その後でボクは、
町の中枢がある
ベイサイド・アリーナへ、
徒歩で出発。

津波のトラウマから、
平地の市街に降りず、
町の中心部へも、ずっと
足を踏み入れなかった
ボクが、
初めてJR志津川駅の
ホームへのぼり、
駅前へと。

支援団体の牧師さんから頂いた
コン・デジで
写真を撮りながら、
ユックリと歩く…。

ガレキだらけの街。

どこが何やら、
位置を知る手掛かり
(見慣れた物)は、
ほとんど無い。

出るのは、
ため息だけ……。

街の中心部から
かなり離れた高い場所、
町役場の仮庁舎まで、
1時間半で着く。
信金の特設が見つからず、
ついでの用事を2件かたづける。

帰りは50分ほど歩き、
昼過ぎ避難所に戻る。
(帰った後、
信金は仮庁舎でなく、
ベイサイド・アリーナ内に
あったと知る。ボクは、勘違いを…。)



今日の午後も、
数分とあけずに、
いろんな人が…。
(昨日の午後は、
ボクの入浴中に戸が開き、
役場の代表者が
ボランティア受け入れのOKを取りに!)


夕食は、ボランティアが、
本場の『長崎ちゃんぽん』を!


日暮れに、やっと新聞が届く。
ペット部屋(避難者がペット同伴で
暮らす)に配達。
帰りに廊下で、
ペット連れで移転できない悩みに、
長時間お付き合い。)


今日は、4月1日。

避難所から見える
風景こそが、
まさに
エイプリル・フール……。
2011/04/01 20:50|シェルティーTB:0CM:9