日々の暮らしの中で感じたことを、共有したいのです。

プロフィール

  デザート・ムーン (男)

Author:  デザート・ムーン (男)
 
「三世代シェルティーS」

 祖母ラン
1992年 1月28日生まれ
2010年5月7日 午後
18歳3か月9日で、 永眠。

 娘:アリス 
1994年 2月3日生まれ
2009年8月28日18時22分
15歳6か月25日で、 永眠。

 孫娘:ボニー
1998年 孫娘ボニー
5月22日生まれ
2011年3月8日(火)早朝
12歳9か月14日で、 永眠。
<津波は、3月11日(金)>


 「藤」の花・冬の凍った「月」が
大好き!
宮城県・南三陸町の「海」も、
綺麗ですヨ!
ワンsや花の写真を、
お楽しみ下さい!
(小さい写真は、
クリックで拡大!)

 学習・書道・作文・工作の『教室』を
営んでいた自宅が津波に流されてしまい、
今は仮設暮らし……。
 行者ニンニクも、
販売中!

ランキング、参加中で~す!

毎日1回、ポチッと、
お願いしま~す!
「にほんブログ村」が開けば、
投票完了!

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ
シェルティーブログランキング

お勧め、過去記事!


津波関連の記事。
「パソコンから、津波の写真を……。」
「今日は、3.11のことを……。」
「東京の教え子さんへ…。」

ぜひ、覗いて下さいマセ。
  「かっとび、ボニー!!」パート2
 月下美人
 華麗なる? ジャンプ!
 隠し球?
 祖母ランのジャンプ!
 スラローム!
 孫ボニー、独唱!
 フジ!2006
 フジ!2007
 フジ!2008

最近の記事

リンク

カウンター

いらっしゃ~い!!

現在の閲覧者数:

ブログ内・キーワード検索

カレンダー

04 | 2011/05 | 06
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

最近のコメント

ブロとも一覧


■ ブログ名:☆あんりんトウフ☆

■ ブログ名:FairyDogのわんこ日記

■ ブログ名:ちょっとひとやすみ・・・気ままな休日

■ ブログ名:Toy toy 日記

■ ブログ名:野の花とネコ達の四季

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ユニークな、お店です!

クリックして、ご利用を!!

行者ニンニクの苗・加工品…格安販売!
内海農園 
巨大盛りラーメン店・しのぶ(豊里)
Bambino(バンビーノ)…ワンちゃんのハンドメイドお洋服
 
 

月別アーカイブ

カテゴリー

RSSフィード

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/-- --:--|スポンサー広告

「畑が、踏みにじられたー!」  の・だ・が……。 

 5月23日(月)
高校避難所にボランティアで来て下さった、
マッサージ師さんの「お二人」を、
夕方、
登校坂で見送った。

 実は、ずっと前に物資の搬入で
両方の肩も痛めたボクは、
ラジオ体操でも手を上げられずにいた。
 肩の可動域が狭いまま、固まるのでは……と
心配していたが、
今回、初めて「肩甲骨周辺への入念な施術」を受け、
劇的に好転した!

 「お二人」の明るく純粋な人柄にも、
本当に癒して頂いた。

 その名残り惜しさに、
皆さんでの「お見送り」の後も、
ボクだけ登校坂までの
お見送りを……。
(別れの瞬間にも応援されて、元気を注入して頂いた~!)


 本当は……、

見送る時から、

ボクの目に飛び込んでいたのだが、


畑の近くに倒れていた

小屋やガレキが……無くなって、

キレイに片付いた、行者ニンニクの畑が、眼下にはあった。

 「やられたー!」

と思った……。


 見送ってから急いで畑に行くと……、

大きな希望をボクに与えてくれた、「津波に耐えた行者ニンニク」たちは、
踏みにじられました! (1)
無残な姿に!
踏みにじられました! (2)

踏みにじられました! (4)
 キャタピラの跡が、イタイ……。
踏みにじられました! (5)

踏みにじられました! (6)

踏みにじられました! (7)

踏みにじられました! (3)
 上の写真、奥にある「重油の大きなタンク」は、位置の前後も逆向きにされた。
3月13日のガレキ。
(参考までに、3月13日の逆方向から撮った写真を。)





 「このタンクを曳かれたら、畑はオシマイに……。」

 肩を軽くして頂いたのは、
そういう事態への回避作業に備えてだったのか?


というぐらいの、良いタイミングだった。

 必死に全身を伸ばして
鉄骨を押し上げて、
なんとか重油タンクを畑から出せた~!

 狭い避難所には、とても置けないので、
自宅の基礎に置いていた硯も、
踏みにじられました! (8)
機械に踏まれて、この姿……。 (貴重な、商売道具だったのに。)

 

 もう皆さんは、ご存じでしょう。
こんな動きをしたら、ボクの腰がどうなるのか
を……。


 ところがボクの腰は、

痛くない。

 というのも、
踏み荒らされた行者ニンニクをキレイに洗い、
「生のまま」大量に食べたからなのだ。
(行者ニンニクの有効成分の多くは、ガスに含まれている。)
まさに、驚異のスタミナ山菜!


 腰は大丈夫だったが、正直
落ち込んだ……。

 身近な避難者たちに言うと、
「町に補償してもらえ!」
「苦情を言え!」
との声が多く出た。

 でも、誰に怒りを言えば?
作業員は、
ボクに意地悪をしようとしてやったのではないし、
あくまで「ガレキの撤去作業」だ。
私有地に入る前に、連絡ぐらい欲しかったが、
この混乱の中では、それも無理だろう……。

 そこまで考えたら、少しだけ怒りが消えていった。
(夜、ブログの友人にメールして、頂いた返事からも元気を頂く。)


 そして、もう一つ。
大きく落ち込まなかった理由があった。
それは、当日の昼前に掛かってきた携帯電話だ。

相手:「誰だか、分かりますか?」
(携帯には、「○○生命」の表示。それにしては、いきなり変な言い方。)
ボク:「○○生命さんですね?」
相手:「違います! ○○ですっ!!」
(習字の塾生からだった。)
「先生、どこにいるんですか? 早く、教室を開いて下さい~。」
ボク:「ごめんごめん、番号の登録を間違っていた。
今、高校の避難所で代表をしていて、
なかなか自分の事に時間が使えないんだ。教室の場所も、探せないし……。」
女子生徒:「そんなら、ウチ使って下さい。○畳間と○畳間が空いてるんで、
使って下さい。」
ボク:「ありがたいなー。助かるよ。ウチの人に、お願いしておいてね~。」

 とうてい実現は難しいのだが、
カワイイその申し出に、
その日はパワーをもらっていたのだ。

 みんなからの応援で、
長く落ち込むことなく済んだことに、
感謝するばかり……。


 で、後日談を。
ガレキ撤去の業者、
実は同じ行政区の方だった。

「管理機、どうします? 今捨てないと、あとは取りに来ませんよ。」
(と、声を掛けられた翌日、最終撤去に数分だけ立ち会えた。朝の会議の前に、少しだけ……。)




 ランキング  参加中
 紫のバナー  ポチッと、 お願いしま~す

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ    携帯は「ココ」をポチッ→「シェルティー・ランキング」へ!
犬ブログ シェルティー

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ
にほんブログ村





スポンサーサイト
2011/05/29 12:03|シェルティーTB:0CM:13

援助団体リーダーとの、メールのやり取りを……。 

 毎日の散歩コースに、この歯医者さんの珍しい白藤が。
毎年、楽しみにしていたが、
ある年からずっと開花せず。
(切ってはならない時期に、藤棚が丸坊主にされ続けたから……。)
 ボクは、その時に通院していなかったのだが(今では、主治医)、
女医さんと親しかったので、剪定を申し出て……。

 その結果、この開花!

20060302151226.jpg
 剪定の時、小さな苗を分けて頂き、それを株分けして増殖。
それが、生き残ってくれた!!  (前回の写真と、今日の比較。)
5月17日 (2).5月23日の白フジ


 明日、5月24日は、
51年前の「チリ地震津波」記念日。
津波で死んだ、ボクの姉の命日。
(小4、9歳で逝った姉の代わりに、ボクは誕生することに。)

 あの津波を避ける高さに、我が家は建てられた。
姉の思いを実現させようと、
両親は、新築した家の壁をピンクに塗った。
(子供の頃、自分の家を人に伝えるとき、「赤い家」と言えば通じていた。)
 今回の津波ではがされた所から、
当時のテラスなどが出てきた。





 では、今日の本題、メールをアップ。



高校 避難所代表
デザート・ムーン様

 5月16日(月)に
物資や色紙を持参させて頂いた、
埼玉県◎市の
株式会社◎の◎です。
 先日はご多忙にも関わらず
避難所の案内や震災当日の状況等を
お話し頂き、
誠にありがとうございました。
 埼玉に無事に戻り、
早速 関係者にデザート・ムーンさんの
お言葉を伝えました。
「自分たちの備えをしてほしい。それが要望です。」

このデザート・ムーンさんの言葉に
私は絶句しました・・・。

自分達が被災した上に
日々避難所で厳しい生活を
強いられているにも関わらず、
私たちの心配を・・・。

本当にこの震災後
色んな地へ足を運ばせて頂いておりますが、
デザート・ムーンさんの様な
お言葉は初めてでした。

関係者をはじめ
会う人すべてに
このお話をさせて頂いております。

少しでも、一人でも多くの方に
デザート・ムーンさんの想いを伝えたい。
そして、本当に備えをしてほしいと
想っております。

日々震災に対する意識が
希薄化している様に思えますが、
私たちはこの震災を忘れることなく、
継続的な支援活動を行って行きたいと
想っております。

備えもしっかりとします!

デザート・ムーンさんとのお別れが
少々さみしくありましたが、トラックを返せたのが
閉店ギリギリだったため、ギリギリセーフでした。(苦笑)

南三陸町は、
相当に素晴らしい町だったと思います。

必ずや復興を遂げ、
前にも増して素晴らしい町にしてください!!

微力ながら応援しています!!!


避難所の皆様にも宜しくお伝え下さい。

お身体、ご自愛ください。


代表取締役 ◎






◎ 様へ

 こちらこそ、ありがとうございました。
色紙は高校避難所の本部に、ブルーシートは避難所の玄関に
飾らせて頂きました。(お写真は、閲覧ボックスに常備。)
おいしい煎餅も、みんなで頂きました。感謝いたします。

 お心のこもったメールにも、深く感謝いたします。
◎さんからのお手紙を、ボクのブログに掲載させて頂きたいのですが、
如何でしょうか?(ブログの性質上、匿名にさせて頂きます。)
 津波に関してのブログは、
http://desertmoon.blog55.fc2.com/blog-entry-334.html

で、津波当日のボクの行動は
http://desertmoon.blog55.fc2.com/blog-entry-340.html

から、ご覧ください。
その上で、掲載の判断を宜しくお願い致します。
それでは、また……。

 
高校・避難所代表 デザート・ムーン






デザート・ムーン様

 ご多用な中ご返信頂き、
誠にありがとうございます。
ブログも拝見させて頂きました・・・。

 涙がこぼれました・・・。

壮絶な1日を過ごされた上に避難生活・・・。

私たちの想像をはるかに超えるものだと思います。

そんな日々を送られているにも関わらず
明るく前向きなデザート・ムーンさんに
逆に勇気と希望を頂きました。

 手紙のUP等、もちろん大丈夫です。
私に出来る事など、
国や自治体、大企業から比べれば
本当にわずかなことかも知れませんが、
同じ日本人として、
何もせずに、
何も考えずには居られません。

 この未曾有の被害をもたらした
東日本大震災のおかげで、
とんでもない被害を被りましたが、
デザート・ムーンさんという素晴らしい方と
出会うことが出来ました。

 感謝です。

今後も、何か必要な支援や物資がありましたら、
お気軽に言って下さい。
最大限の支援をさせて頂きます!!

代表取締役 ◎






◎ 様へ

 ご承諾、有難う御座います!
援助活動をして下さる方々の熱い思いを、
ブログ読者の皆さんに伝える
良い機会だと考えています。

 今後とも、物のない地区・困っている場所への
ご支援を、宜しくお願い致します。

 活動の原動力となって下さった
お仲間の皆様へも、宜しくお伝え下さい。
本当に有難う御座いました。

デザート・ムーン



(その後も、丁寧なメールの返信を頂戴した。)




 ランキング  参加中
 紫のバナー  ポチッと、 お願いしま~す

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ    携帯は「ココ」をポチッ→「シェルティー・ランキング」へ!
犬ブログ シェルティー

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ
にほんブログ村



2011/05/23 16:52|シェルティーTB:0CM:5

生きていました。 

5月9日の花芽 実は5月9日に確認し、
ナイショにしていた花芽……、

5月17日 (2) 何と! 花房の長いタイプ
白フジだった!!
 これも、ボクの宝!!!
この十年ほどで数十鉢に増やしたが、「長い白フジ」で残ったのは
きっと、これだけだろう。
(他にも、数鉢のフジが残った。)
津波に流されなかっただけでなく、塩水にも耐えたのだ。

 流されなかったプラ鉢(それもスゴイが)で、「鉢ゆるめ」を。
高校避難所に持ち込んだが、盗まれないことを願うばかり。
(昨日、外で充電中のソーラー「ランタン」を
盗もうとしたドロボー が、スタッフに見とがめられ、
居合わせた巡査に説諭されただけで、放免された。50CCのバイクで、来たとか。)

花房の長い白フジ (28)

花房の長い白フジ (3)

花房の長い白フジ (1)

大輪の城フジ (2)
 一般的な「白フジ」も、裏庭の数本が生き残った。
大輪の城フジ (1)
手入れをしてやりたいが、その時間(と道具)が……。
(以前は、こんな感じだった。  )
その後 (4)

5月17日 (1)
 昨日の行者ニンニクは、花芽もシッカリしてきた。



 ランキング  参加中
 紫のバナー  ポチッと、 お願いしま~す

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ    携帯は「ココ」をポチッ→「シェルティー・ランキング」へ!
犬ブログ シェルティー

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ
にほんブログ村



2011/05/18 15:54|シェルティーTB:0CM:11

過去写真との対比で、位置関係を……。 

 2009年5月の過去写真(左から、孫娘ボニー・祖母ラン・娘アリス)は、
5月28日 (1)

5月28日 この東屋の中で撮影。
(白内障よりも、角膜に沈着した物質の為に、この頃の祖母ランは光を感じる程度だった?)
5月28日 (2)
 愛犬の散歩に来ていた同級生。トイレの後ろにある「ツタの絡まった防波堤」(↑)が、
                             「陸門」右側の「傾いた防波堤(↓)」という位置関係。
津波後、初の海。 (3)
 同級生が立っていた場所は、
5月10日 (1)
今は水面に。
5月10日 (2)
 手摺は、引き波の為か、海側に曲がっている。



 ランキング  参加中
 紫のバナー  ポチッと、 お願いしま~す

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ    携帯は「ココ」をポチッ→「シェルティー・ランキング」へ!
犬ブログ シェルティー

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ
にほんブログ村


2011/05/17 08:06|シェルティーTB:0CM:0

初夏の行事に、初参加! 

 昨日は「日曜」、津波前は「お習字」の指導日だった。
だから、お誘いがあっても日曜のイベントには、
参加できなかったが、
津波による失業のおかげで、
「たけのこパーティー」に初参加……。
 高校避難所の校庭で、迎えの車を待つ。
初めての参加 (1)
校庭の仮設住宅は、完成が間近。(高校避難所からの入居は、ゼロ。)
初めての参加 (2)


 「たけのこパーティー」をした地区は、
直前で津波が止まり、被災しなかった。
(水道も、OK!)
楽しい時間を3時間ほどの過ごす。
いろんな人と、情報の交換。

 遅れて参加した医師とも詳しい話をしていたが、
避難所に戻らなければならず、
会の途中で帰路に。

 遠くに、海が見えてきた。
初めての参加 (3)
本来、このからは海が見えるはずのない場所なのだが……。
視界を遮るものは、すべて流されていた。
初めての参加 (4)

3月31日 (5) この水門は、

初めての参加(5)
こうなってしまった……。




 ランキング  参加中
 紫のバナー  ポチッと、 お願いしま~す

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ    携帯は「ココ」をポチッ→「シェルティー・ランキング」へ!
犬ブログ シェルティー

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ
にほんブログ村


2011/05/16 07:37|シェルティーTB:0CM:2

津波後、初めて父の施設へ……。 

 牧師さんの援助団体が
(佐賀県からのチームも)、
連日、南三陸町への援助活動を。

 昨日の5月12日(木)は、
仮庁舎や海沿いの避難所へ行く車に
同乗させて頂き、
援助先の手前に建つ
父の「施設」へ、
寄って頂いた。
P1080641.jpg

 といっても、そこに父は居ない。
被災を免れた施設は、直後に「地域の避難所」となったが、
今では返還された。(自衛隊が警備。)
 入居者たちは、医療法人の本部がある岩手県に、移動したままだ。
(津波後、まだ父に会えず。)

 施設の利用料と、お小遣いを預けて、すぐ援助先へと。


 施設からの坂道を下りると、
小さな漁港に張り付くようにギッシリと並んでいた家々が、消えていた。
津波後初、父の施設へ (1)
 2か月が経ったので、これでも綺麗になったのだろうが、奥に見える家の
津波後初、父の施設へ (2)

津波後初、父の施設へ (3) 一階は無い。

 すぐ、援助先へ着く。
案内された、小さな体育館の中には、
キャンプ用のテントが並ぶ。
(冬の寒さ・プライバシー対策か。いいアイディアだ!)

 津波後、たった1回だけの「会議」で
お会いした避難所代表と、しばし話す。
もっぱら聞き役で、情報を収集。(御苦労されている、ご様子。)
地域住民が一丸で行動し、仮設住宅も独自に動いて私有地を……とも。

 避難していた知人、コリーのアマチュア・ブリーダーは、
「最後に1匹だけ残した愛犬を、津波に……」と。

 塾生の保護者・知人たちと再会して、高校避難所へ戻る。

津波後初、父の施設へ (4)
 何軒かの民宿が、流されていた。
P1040058(1).jpg




 今朝の班長会議で、
高校避難所でも「つながり」を深め、
「自治集会」的な「会合」をと

提唱して(今までは、班長会議のみ)、

案を……

募った

が、

班長たちや町の職員などの反応は、

シーン……。
(神戸の医師だけが、大きくうなづく。)


 ここは、他の避難所と違い、
バラバラな地区で被災した350人以上の集団だった。
仲間が慣れ親しんだ頃の、集団避難。
 仮設抽選にハズレて耐えきれず、
アパートへ入居・プレハブの建築などに踏み切って、
みんな散り散りに。
 今では、120名程度の避難所。
その中で、仮設が決まっても電気・水道がなく、
入居できぬままが15名ほど。

 「昼間は仕事に行く避難者も多く、会合で意見の集約は至難の業……。」
と言った上での提案だったが、みんなの無反応に、こちらが唖然。

 南三陸町で一番の環境だと言われる避難所に残ったら、
「自分たちで考える」コトが、不要なのかナ?
(ボクの影響力は、もはやナシ。)


 追記に、避難所の救護所閉鎖について書きます。
お時間のある方のみ限定で、お付き合いを!



 ランキング  参加中
 紫のバナー  ポチッと、 お願いしま~す

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ    携帯は「ココ」をポチッ→「シェルティー・ランキング」へ!
犬ブログ シェルティー

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ
にほんブログ村




この記事の続きを読む…
2011/05/13 22:38|シェルティーTB:0CM:7

津波から、2か月を前に……。 

 神戸から来て下さり、
人員の交代で帰路につく、
救護所の医師・看護士・スッタッフの車を、
今日5月10日の午後、
高校の登校坂まで見送りした。
その時、そこから
行者ニンニクの畑も見て頂いた。
(握手で、お別れを。)


 避難所・出口の重い扉が、
このところ外れる様になり、
皆さんが開けないよう、片方の扉に
ガレキの角材で「つっかい棒」を……。
 それから、
宮城県警からの連絡事項に対応したり、
あれやこれやの後、
午前中から(昨日も、そして明日も)支援の牧師さんの集団を、
お見送り。
 そして、
ペット同伴の避難部屋で、ワンとのコミュニケーションも。
(といいつつ、深刻でブログ非公開の役目を、兼ねてもいたのだが……。)



 夕方4時ごろ、
高台の高校から、下界に下りたくなった、
なぜか無性に。

(言い忘れていた? 実は、孫娘ボニーを乗せていた新車と、
新車で~す! (1)
同型・色違いを、津波後に「hiderinnさん」から購入していた。
海砂で、もはやドロドロの、それに乗り……出発。)



 川沿いにある南三陸町の防災庁舎の隣に、
バド母さまのお宅がある。


 彼女のご主人は、
防災庁舎の屋上で監視中、
津波に遭遇して生き残った
10人ほどの職員の
お一人。
(雑誌に載った彼の記事を、読んだ方もおられるだろう。
ボクは入手できず、読んでいない。ネットには、それに近い記事もあり、
バド母さまについて?
と思われる記載もあるが、ここでは触れない。)


 狂犬病の注射で、息子のボビー君(=ボニーの弟)をオンブする、バド母さま。
バド母さま
 津波後、初めてバド母さま・バド父さま宅を訪問。 言葉にならず……。
(もちろん、写真は撮らず。)
 

 郵便局の前を左に折れ、サンポートの前を通り、「松原公園」へ。
おなじみのSLは、
2007年9月19日の写真です!
無残な姿をさらしていた。
津波後、初の海。 (1)



津波後、初の海。 (2)

 旧・魚市場の陸門は
津波後、初の海。 (3)
崩壊して海水に洗われていた。

 おなじみの「荒島」の
孫娘ボニー 元気! 

津波後、初の海。 (4)
岸にも、ボートが転覆。 (鳥居は、もぎ取られていた。)

 津波から61日目にして、
やっと……、
三世代シェルティーS、
毎日の散歩コースへ
来られた。
(海へのトラウマを、克服?)




 ランキング  参加中
 紫のバナー  ポチッと、 お願いしま~す

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ    携帯は「ココ」をポチッ→「シェルティー・ランキング」へ!
犬ブログ シェルティー

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ
にほんブログ村


2011/05/10 20:53|シェルティーTB:0CM:6

みごとに~! 

 ハズレて、
しまいました。

高校のグランドに
建設中の、仮設住宅。

 町のホームページには、
「高校グラウンド団地、
募集戸数58戸に対して867戸」

とありました。
(できれば、
ネットから知るのでなく、
避難所にて
公開してほしいデータ
なのですが……。)


 約15倍の競争率で、
ハズレましたー。


 たしか、
(2か月近く前なので、記憶が……)
別の地区の仮設にも
応募している(はずな)ので、
そちらの抽選に、
期待しましょうか?




 行者ニンニクの畑は、
高校に避難している期間だけ、
見守りましょう……。




 今は、
明日の雨が、
畑の塩を流してくれることに、
期待するばかり……。

祖母ランとの お別れ…… 
 1年前、旅立つ直前の祖母ラン。



 ランキング  参加中
 紫のバナー  ポチッと、 お願いしま~す

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ    携帯は「ココ」をポチッ→「シェルティー・ランキング」へ!
犬ブログ シェルティー
にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ
にほんブログ村


2011/05/09 22:23|シェルティーTB:0CM:6

今日は、祖母ランの一周忌……。 

 祖母ランは、
2010年5月7日 午後
18歳3か月9日で、永眠。

 
 今日は、「一周忌」。
言葉は、要りませんね。
亡くなる1年前までのブログ写真を、
再掲載です。
(小さい写真は、クリックで拡大。)

20060323183054.jpg

20060323182314.jpg

P1040650(1).jp<br />g

P1070023(1).jpg

P1060898(1).jpg  P1060895(1).jpg

P1070474.jpg

P1080640.jpg P1070689(1).jpg

P1090759.jpg
P1100136.jpg P1100439.jpg

DSC_0002.jpg ぽかぽか0

ランの通院 DSC_0826.jpg

晴れオトコ (4)

誕生日ラッシュ (1)

誕生日ラッシュ (4) 近況の御報告 (6)

祖母ラン・不調 (2).写真展 (3)(1)

春です! (38)

フジの最終便  (9)

花房の長い白フジ (3)

王様の耳は? (4) 祖母ラン、ついに 

 追記にも、写真が……。


この記事の続きを読む…
2011/05/07 16:36|シェルティーTB:0CM:11

TVでお見かけしていた、コロンビア大学の教授(政治学)…… 

ジェラルド・カーティスさんと、
親しくお話しが出来た。(東京の某・民放の取材として。)

 教授は高校・柔道場の避難所を見て、
「とてもキレイですね! そして、この人数なのに静かだ。
世界の報道でもよく言われますが……、みんな紳士的だと。
本当に、争い事はありませんか?」
ボク:「つかみ合いの言い争いや、殴り合いはありませんね。」
(冗談のつもりだったのに、「それら」がないことに驚いていた。)
「ただ、小さなトラブルはあります。」

教授:「今いちばん必要なものは、何ですか?」
ボク:「それを考えている余裕すら、ないのです。」


 やがて話の流れは、行政の話題に及ぶ。

ボク:「役人とのコミュニケーションが、足りません。
分かりやすい例で言うと……、
せっかく仮設住宅の抽選に当たったのに、
大量のキャンセルが出ます。」

 彼は、「当たったのに、キャンセル! なぜ!」と驚き、
強く興味を持ったが、
移動の時間が近づき、歩きながらの説明に。

ボク:「町には、それを分析する余裕がないでしょう。
でも、2か月近い間の変化に、
行政が追いつけなかったのでは?
例えば、もう仕事が始まっていて、
遠くの仮設に移れない……とか?」

 TV局の車に送る途中で、
たまたま焼いて持っていた
ボクの「津波写真CD」を、
教授に差し上げた。(握手で、お別れ。)

 教授の放送は、「……ステーション」で。
ジェラルド・カーティス教授

(教授が来る直前まで、NHK仙台の取材も。)


 



 ランキング  参加中
 紫のバナー  ポチッと、 お願いしま~す

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ    携帯は「ココ」をポチッ→「シェルティー・ランキング」へ!


   
2011/05/05 21:32|シェルティーTB:0CM:2

本日、撮って出しの「行者ニンニク」写真! 

 津波に襲われ、
海の砂に覆われ、
ガレキに踏みにじられた
ボクの畑から、

津波を乗り越えた行者ニンニク (1)
幻のスタミナ山菜、
「行者ニンニク」が
塩に負けずに育ち続け、

津波を乗り越えた行者ニンニク (2)
ついに花芽を~!
津波を乗り越えた行者ニンニク (3)

 何日かかけて、少しずつガレキを片づけ、
芽吹きを見つけた日の感動。

 牧師さんの集団がボランティアとして駆けつけ、
台湾やアメリカの方々まで参加し、
大きなガレキを撤去して下さったことへの感謝。

 そして、
心が折れかけたこの時期に、
シッカリとした花芽を見せてくれたコトへの感激。

 行者ニンニクという植物には、
これまでに何度も驚かされてきたが、
このパワーには脱帽……。
(薬草としての様々な効果が、ココからきているのだと、納得できた瞬間!)


 ランキング  参加中
 紫のバナー  ポチッと、 お願いしま~す

にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ    携帯は「ココ」をポチッ→「シェルティー・ランキング」へ!
犬ブログ シェルティー



 
2011/05/04 22:05|シェルティーTB:0CM:7

看護士さんから、お手紙と写真を……。 

 昨日、神戸市立医療センター
中央市民病院の看護師さんからの
手紙を受け取る。(一緒に撮った、写真も頂戴。感謝~!)
 みんなに向けての手紙は、
便せん4枚にびっしりと
きれいな文字で。

 今朝、ラジオ体操の後に、避難所で読み上げた。
(避難所みんなの心に届けー!と、大きな声で……。)


 彼女は、
この避難所を2回も訪れて下さった方。

3月23日が、初回。
風邪が流行し、せきや鼻水に苦しんでいた避難者の姿を、
その手紙で振り返る。
「誰一人 自分のことだけを考える人はおらず 
周りの人を思いやり、
できる人がいろんなことを積極的にやり、本当にすごいなぁ」
「すごくまとまりがよく みんな素敵な方たちばかり」……。

そんな体験から、ご自身への課題を胸に、再度の派遣を。
避難所の「皆さんから力を頂いた気がします。」という彼女とは、
4月24日に、2度目のお別れ……。

 手紙には、看護師の立場から、
今後の避難者への思いが、
数多くつづられる。
 避難所内の救護所が閉鎖された後を心配し、
時間を作っての受診継続を、避難者に呼びかける。
そして、
「皆さんの いいところである我慢強さは、
病気や健康にとって 命とりになることがあります。
『これくらい大丈夫』って思わないで下さい。
私は、皆さんが
健康に 元気に 生活していただけることを
願ってやみません。」とも。
 また、
「復興には、」「身体が資本、健康が一番」。
「心のしんどさも」「みんな同じだからと思わず、
頑張りすぎることで気を紛らわさず、
時々 吐き出して下さい。」
と。

救護所の閉鎖による、神戸への撤退後も、
「皆さん と 何か 繋がっていられる方法を」模索……とも。
 復興後、遊びに来ることを約束し、感謝の言葉で締めくくられていた。

 こちらこそが、感謝。
中には涙を拭いながら、手紙を聞いていた人たちも……。
(ボクも声が……。)
会議の前には、本部の方々にも読んで頂いた。
(スタッフにも読んでほしいと言ったら、
本部ではコピーを取って保存。
避難所でも、原本の閲覧を。)


 看護師さんは、その手紙によって、
今の避難所に最も必要なコト、
物資が入り・通電もした
避難所での暮らしに、慣れ始めた我々自身が
忘れつつあるコトを、
思い出させて下さった。
 派遣時、医療面での優しいサポートに加えて、
帰還後も避難所・団結への一石を投じて下さった。

 看護師さんには、心よりの感謝を!

(手紙の一部を、
無断でブログに載せてしまい、謝罪します。
あの貴重な「腰痛バンド」で、
最悪の事態は回避されています。有難う御座います!
ヒゲをそった顔、子供たちからは……。)

P1100245.jpg
(2007年、志津川病院の病室より。)
2011/05/03 21:40|シェルティーTB:0CM:2

4月1日の記事(携帯から)に、写真を添えて……。 

 4月1日の一部を、再編集しています。

 朝の5時半には、
避難所の95%が活動を開始。

太陽と共に起き、日没と共に…眠くなる生活。
(身体の毒素が、ドンドン出ていく感じ。
酒も呑まず、肝臓も元気に?)


 朝の会議で、この避難所から、
ノロウィルスの陽性患者が出た…
と、伝えられた。

いよいよダ…。

『バニックにならないよう、住民に安心感を持たせるコト。
予防は、とにかく、うがい・手洗い に尽きる。』
と、急きょ会議に参加した医師から、忠告。


 その後でボクは、
町の中枢があるベイサイド・アリーナへ、徒歩で出発。

 津波のトラウマから、平地の市街に降りられず、
町の中心部へも、ずっと足を踏み入れなかったが……。
4月1日 (6)
(曲がった線路。)
 初めてJR志津川駅のホームへのぼり、
4月1日 (1)

孫娘ボニーの再診 
さらに駅前へと。

 支援団体の牧師さんから頂いたコン・デジで写真を撮りながら、
ユックリと歩く…。



 ガレキだらけの街。
4月1日 (2)

どこが何やら、
位置を知る手掛かり(見慣れた物)は、ほとんど無い。
4月1日 (5)

出るのは、ため息だけ……。

4月1日 (3)
(川は、ガレキで埋まる。)

4月1日 (4)




 街の中心部から
かなり離れた高い場所、町役場の仮庁舎まで、1時間半で着く。

 「信金の特設」が見つからず、ついでの用事を2件かたづける。

 帰りは50分ほど歩き、昼過ぎ避難所に戻る。
(帰った後、信金は仮庁舎でなく、ベイサイド・アリーナ内に
あったと知る。ボクは、勘違いを…。)



 今日の午後も数分とあけずに、いろんな人が…。
(昨日の午後は、ボクの入浴中に戸が開き、
役場の代表者がボランティア受け入れのOKを取りに!)


 夕食は、ボランティアが、本場の『長崎ちゃんぽん』を!


 日暮れに、やっと新聞が届く。
ペット部屋(避難者がペット同伴で暮らす)に配達。
帰りに廊下で、ペット連れで移転できない悩みに、長い時間お付き合い。)


 今日は、4月1日。

避難所から見える風景こそが、
まさに
エイプリル・フール……。

(写真は3月12日、津波の翌日。)
2011/05/02 20:31|シェルティーTB:0CM:9
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。