日々の暮らしの中で感じたことを、共有したいのです。

プロフィール

  デザート・ムーン (男)

Author:  デザート・ムーン (男)
 
「三世代シェルティーS」

 祖母ラン
1992年 1月28日生まれ
2010年5月7日 午後
18歳3か月9日で、 永眠。

 娘:アリス 
1994年 2月3日生まれ
2009年8月28日18時22分
15歳6か月25日で、 永眠。

 孫娘:ボニー
1998年 孫娘ボニー
5月22日生まれ
2011年3月8日(火)早朝
12歳9か月14日で、 永眠。
<津波は、3月11日(金)>


 「藤」の花・冬の凍った「月」が
大好き!
宮城県・南三陸町の「海」も、
綺麗ですヨ!
ワンsや花の写真を、
お楽しみ下さい!
(小さい写真は、
クリックで拡大!)

 学習・書道・作文・工作の『教室』を
営んでいた自宅が津波に流されてしまい、
今は仮設暮らし……。
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防災庁舎について、「ふれ」て おきましょう か。 

防災庁舎に関しての「過去ブログ」は、コチラから!
(なお上の話題で書いたSLは、JRにより「撤去」されてしまった。)

 上の話題を書いた以上、ボクは
以下の新聞記事についても書いておかねば……。

防災庁舎に関する、新聞記事はココ。
(もし読めなかったら、ごめんなさい。)


 防災庁舎「保存」についての情報は、初期の志津川高校避難所で
初めて知った。

 高校避難所・住民代表(ボク)の色々な意見を取材に来た新聞記者から、
最後に以下の言葉を聞いた時だ。

 記者:「『防災庁舎を津波のモニュメントとして、残す。』という発言が有りましたが、
それについては
どうお考えですか?」

 (あまりにミスマッチな「単語」を聞いた瞬間、ボクは放心状態に。)

 ボク:「すみません、誰ですって? 誰が、そういっているんですって?」(耳を疑い、再確認を。)

 記者:「町のトップが、プレス発表で……云々。」
(当時は毎日、定時に「プレス発表」が有った。 何度もとめても、避難所への情報は皆無だった、が。)

 ボク:「これに関しては、代表としての意見はオフレコとします。で、ボクの意見としては……。」

※ 当時の発言については、やはりオフレコ!!







 マスコミや、
汗だくのボランティアさん、
亡くなった方を悼んで下さる方々によって、
あたかも
防災庁舎が
「一人歩きを始めた」みたいに
言われがちだが、
切っ掛けは
「プレス発表」での
「モニュメント発言」だ。

それ以上でも
以下でもない、
事実。

 やはり、
「モニュメント」という表現には
面食らった。
まして、
それが津波の直後であったし。


 




 被災前後の写真をアップして、
新・旧を比較した
最近のボクのブログ。

 ブログやメモリーカードに残った
「昔の画像」を、何千枚も確認。
数か月かけて、やっとこ記事を更新。

 今回は家族を亡くしていないボクでさえ
ガレキの画像は「イタイ」のだから、
御遺族の想いは
それぞれに……と。





 「評論家さん」みたいな「ある町民」さんは、

「遺族の意見も、矛盾してるんだよ~。裁判では証拠になる建物を、『解体しろ』っていうんだから……。」

と。




 遺族の感情は、

複雑で

当然。

矛盾など、

ないはず。 


 とにかく、
誰であれ
防災庁舎に関しての
「憶測での発言」は、
控えてほしい、
絶対に!!!
(掲示板などには、無責任で心無いものも散見される……し。)




「水の影」 松任谷由実

(前略=サビから)

時は 川

きのう は 岸辺

人 は みな

ゴ ン ド ラ に 乗り

い つ か  離  れ  て
想い 出に 手を振る の


立ち 去 ると きの  肩の あ た り に
声に な ら な い  言葉 き こ え た

あ な た を もっ と 憎 み た か っ た
残 る 孤 独 を  忘 れ る ほ ど に


(後略)




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2012/09/27 20:51|シェルティーTB:0CM:2

コメント

防災対策庁舎保存論

モニュメント」という言葉に単なる記念建造物を連想する場合は抵抗があるかも知れませんが沖縄の戦跡地では「慰霊碑」という意味で使われてもいます。

震災で肉親や親友を亡くした方々にとっては、防災対策庁舎は単なる忌まわしい建造物にしか過ぎないかも知れませんが、被災地の語り部の皆さんから庁舎存続署名が始まったということは、各地から防災対策庁舎を訪れる人たちの思いに触発されてのことではないでしょうか。

防災庁舎を訪れる人は建物を見るだけではなく、そこで亡くなった多くの町職員の方々、就中、職務に殉じた遠藤未希さんのことを必ず思い起こすに違いありません。
そして、惨禍の中で取り乱すことなく助け合い、秩序ある行動を取り、全国民のみならず多くの外国からも賞賛された被災者の皆さんを思い浮かべるでしょう。
死者・行方不明者を慰霊し、自然災害の恐ろしさに我が身の防災意識を涵養するとともに、人としての生き方にまで思い致すに違いありません。
今や防災対策庁舎は、そうした精神的な意味をも付加された存在にもなっていると思うのです。

震災の惨禍を象徴する現実の物があるから、いつまでも人の心に残るのであって、実体がなければ、やがて風化して行ってしまうのは目に見えています。
神戸では震災の教訓を生々しく伝える物が皆無で、今になって反省しきりということです。

広島の原爆ドームも解体論を含め様々な論議を経て今日の姿があります。
被曝者にとって忌まわしいだけであった建造物が、今や二度と原爆の惨禍を起こすことのないようにとの理念を付加した世界遺産にまで昇華されました。

私はこれまで志津川を6度訪れましたが、その度に自然に足が防災対策庁舎に向かいます。
防災対策庁舎も今や南三陸町の人たちだけのものではないのです。

町の計画では防災対策庁舎周辺は復興祈念公園になるとか。
単なる祈念碑を建てた祈念公園にどれだけの人が訪れるでしょうか? 
それよりも、公園の中心的祈念碑として防災対策庁舎を活用すべきではないかと私は思います。
無念にも生命を落とさざるを得なかった死者・行方不明者は、そうしたことを願っているように思えてなりません。
N生 #-|2012/09/29(土) 02:51 [ 編集 ]
★ N生 様、長文のコメントを有難う御座います。
 あの晩にも、皆さんと意見を交換しましたね。
おっしゃることは、しっかりと理解できます。
広く深い視野と、膨大な経験から導かれた御意見ですね。



 ただ、「高台移転」と言いつつ、
開発の様子が全く見えない南三陸町に住む町民は、
将来の「我が家」をふくめ、
全てが「五里霧中」です。
 そんな地元に居ますと、ウラの関係性が……、
やはり詳細は
やめます。
(が、この地には独特の空気感が、漂っています。)




 「御遺族の感情」は「時間に癒やされる」面もあり、
一方で「祈りの場」として庁舎を残したい御遺族もおられます。

 ただボクはどうしても、
御遺族の議論に
「第三者の意見を差し挟むこと」に、
抵抗が有るのです。

 というのも、52年前の津波にのまれ
9歳で死んだ
ボクの姉の存在が、大きいのです。
チリ地震津波は
ボクが生まれる前ですから、
姉に有ったことが有りません。
 兄はショックから、
津波以前の記憶を失いました。
母は、
晩年まで愛娘の事を語り続けていました。
父には、
「避難せずに2階にいれば、死なせずに済んだ……。」
という判断ミスへの後悔が付きまとっているでしょう。
(父は何年たっても、夢にうなされています。)

 両親・兄の経験から、
まず遺族の心をどうすれば
やわらげられるのかを、
大切にしたいのです。

 昨年の津波が
長い長い沿岸に、
これだけ大きな傷を残しました。
至る所に、
「モニュメント」が
存在するのでは?

 繰り返しますが、
まず御遺族の感情があって、
次に「風化の防止」が来るものと
ボクは強く思っています。
(ですから、どの団体の署名活動にも
参加する気にはなれません。傍観者みたいですね。)

 「後世に」とか「全国・世界に向けて」……という
心の余裕は、まだ持てずにいます。
(五里霧中の町に住む、ボクとしましては。)

 南三陸町へのN生さんのお気持ちと
震災直後から変わらぬ熱烈な御支援とに、
感謝いたします。
 そして地元での「備え」を、是非とも!
デザート・ムーン #-|2012/09/29(土) 20:06 [ 編集 ]

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